(Celestin Freinet, 1896-1966年)
フランスの片田舎の教師だったフレネは、子どもたちの世界からかけ離れた学校の姿に疑問をもちました。そして「手仕事を学校に」「教室に印刷機を」などのスローガンと共に、学校の現代化運動をはじめます。この運動は、ヨーロッパ、南米、アフリカなど世界38カ国余りの国々にひろまり、レッジョ・エミリアの保育や、イエナプラン教育など、その後のオルタナティブ教育の発展にも大きな影響をもたらしました。
このフレネの考えを取り入れつつ、目の前の子どもたちと共に様々な教育実践をつくっていく。これを私たちは「フレネ教育」と呼んでいます。フレネ教育は固定されたメソッドではなく、開かれた教育技術なのです。
学習の個別化と協同化
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実験的手探り
フレネ教育における「実験的手探り(Le Tâtonnement Expérimental)」とは、子どもが経験を通して学び、試行錯誤を重ねながら成長していく学習の過程を指します。これは、教師が一方的に知識を教えるのではなく、子ども自身が主体的に問題を発見し、自らの方法で探究しながら解決へと向かう姿勢を重視するものです。ただやみくもに試すのではなく、目標を定め、その達成に向けて実践し、必要に応じて修正や変更を加えながら成功体験を積み重ねていくことが重要です。
この概念の背景には、フレネ自身が重んじた科学的思考があります。彼は、科学や技術が人々の幸福に貢献するものと捉え、視聴覚機器や映像教材、ライブラリーといった当時の先端技術を積極的に教育に取り入れました。現代で言うICTの活用に通じる姿勢です。
また、フレネの子ども時代の羊飼いの体験も大きく影響しています。自然の中で自由に判断しながら動物の世話をする経験が、能動的に考えて行動する喜びと知恵を育んだ一方、学校では暗記中心の受け身の学びに違和感を覚えたといいます。こうした背景から、彼は子どもが主体的に考え、実行し、成功体験を通して知識とスキルを身につける教育を目指しました。
「実験的手探り」は、前例にとらわれず教育の方法を柔軟に模索する態度を表し、教師と子どもが共に学びをつくるフレネ教育の本質を体現しています。
協同的組織
フレネ教育は、セレスタン・フレネによって提唱された教育実践であり、子どもたちの主体性と社会的な協働を重視しています。その中核にあるのが「協働的組織」という考え方です。学校は教師が主導する場ではなく、子どもと教師が対等な立場で共に学び、共に学校を運営する協働の共同体として位置づけられます。
この協働的な組織では、まず子どもたちの自治が尊重され、学校協同組合の会議を通じて自分たちの生活や学びについて話し合い、意思決定を行う文化が育まれます。教師は知識を一方的に教える存在ではなく、子どもたちの学びを支援する伴走者であり、ファシリテーターとしての役割を担います。学習内容も固定されたカリキュラムに縛られず、子ども自身の興味や日常の経験を起点とする柔軟な学びが重視されます。
具体的な実践としては、週1回開かれる学校協同組合の会議での意見交換、自由作文とそれを印刷して共有する活動、個別学習計画の作成と自己・相互評価などがあります。また、学校を「生活の場」ととらえ、給食準備や清掃、栽培活動などに異年齢集団の子どもたちが積極的に関わります。
このようにフレネ教育は、民主主義に根ざした「自律と責任」に基づく学びの共同体の創造を目指すものです。
表現とコミュニケーション
フレネの教室では、言語表現だけでなく、絵やイラスト、工芸、音楽、演劇、ダンスなどの様々な表現手段を取り入れられるような環境が整えられています。一人ひとりが、直感に従い感情や連想を広げて作品に取り組んでいくなかで、表現方法の技術を自然に学んでいきます。そして、それぞれの作品は昼食時や毎朝、あるいは週末などに表現する場が設けられます。
フレネ教育で学んだ子どもは、表現力に優れるとよく言われます。それは、特別なレッスンを行うのではなく、毎日の営みの中で、自分を見つめ思いを表す活動を積み重ねているからなのです。何かを表現したいというのは個人の欲求ですが、仲間とともに語り合ったり批評し合ったりする中で、個の表現は深まります。一人ひとりの異なる感じ方を大切にすることが豊かな表現につながるのです。このような場の積み重ねは、他者の発するメッセージに敏感になることにもつながります。教師もまた、この集団の中で子どもたちの本当の興味や個人的な発達を発見しています。
フレネ教育を行っている教室のあたたかさは、他者を尊重し、対等に批評し合える関係が育っているからうまれているのかもしれません。ICTの活用が進む今、個々の表現をより豊かにし、自分たちにふさわしい手段を用いた実践が世界各地の教室で展開されています。
自由テキスト
自由テキスト(自由作文とも言う)は、フレネ教育の中心的な要素であり、子どもたちが日常の出来事や興味・関心を自由に書く活動のことです。テーマ、ジャンル、形式、書くタイミングすべてが子どもたちに任され、表現したいことを自由に綴っていきます。書かれたテキストはクラスで読み上げられるなど、他の子どもたちから感想や質問が飛び交うことで、言葉の交流が生まれます。これにより、子どもたちは自分の生活を見つめ直し、他者との関係を深める表現を学びます。
また、自由テキストはクラス全体の共通の学習材料となり、選ばれたテキストは協同で推敲され、文集として印刷される場合もあります。このプロセスを通じて、子どもたちは自身の経験が他者に共感されることを学び、より豊かな言語表現を身につけます。自由テキストは単なる国語の学習を超え、子どもたちの学習計画や人間関係の出発点ともなる重要な教育技術です。
そこには国が決めたテキストで子どもが学ぶのではなく、子どもたちの発する声をテキストとして学習材にするフレネ教育の重要な思想が表れています。
学習計画表
計画表は、フレネ教育における重要な教育技術で、子どもが主体的に学ぶための技術です。フレネ学校では「仕事(学習)の計画表(Plan de Travail)」と呼ばれ、子どもが自分で学習内容を計画し、その計画に基づいて学びを進めます。
計画表は教師と共に作成しますが、最も大切なのは子どもがやりたいことや必要性を理解し、選び取ることです。
計画表を活用して学ぶためには、子どもの個別学習を支えるために必要な学習材の準備や、学びの内容をどのように組み立てるかが重要です。
計画表の形式は、子どもの年齢や状況に応じて異なります。教科ごとの学びや創作活動など、さまざまな領域から学びたいことや必要なことを選んで書き込みます。計画表の期間は1〜2週間が多く、その間に学んだことや学校生活における自分の役割(仕事)を自己評価し、友だちや教師、家族からフィードバックを受けることが大切です。この評価を通じて、子どもは自分の学びの成果を確認し、他者との認識の違いを理解します。計画表を活用することで、子どもは自信を深め、次の学びに向けて意欲を高めたり、今後の学習を考える力を養ったりします。
コンフェランス
「コンフェランス」とは、自らの興味に基づいた自由研究の成果を、学級や全校の子どもたちの前で発表し共有する場です。発表を見聞きする子どもたちから質問や感想が述べられ、発表者が答えながら展開されていきます。子どもたちの多様な興味が次々に教室に持ち込まれ、交流が生まれていきます。発表は希望制で保護者同伴が基本ですが、学校の実情に応じて実施されます。
フレネ教育は、自由な探究が重視され、自由研究ではそれぞれの子どもの関心にもとづいて多様なテーマが追究されます。その探究の過程で、興味が移ろったり、深化したりと展開することがあります。これは、フレネのいう「興味の複合」という考え方です。「コンフェランス」は、それぞれの探求が交わり合う場として、興味の複合の重要な契機となります。
発表する子どもは、伝えるために研究を深め、質疑応答を通して新たな課題を発見し、興味を深めます。聞く子どもは、新たな知識や発表者の一面を知り、興味が喚起されます。
また、「コンフェランス」を通して、学びがお互いのものとなり、お互いにとって意味をもつ、公共的な学びになります。お互いの異なる興味を示し合うことで、違いを受容し合う場ともなり、安心して語り合い尊敬し合う経験を保障します。
学校共同体
フレネ技術は、「学校共同体」を発展させるための技術あり、共同体の成員である教師と子どもに共有されます。
フレネは学校を「仕事場(アトリエ)」として位置づけ、子どもたちが自らの技術を活かして活動に取り組めるようにします。その過程で、「生きる力」や「社会的能力」が育まれます。そのためには、活動は子どもたちの欲求や要求に基づいて行われる必要があります。そのように学校を運営していくための仕組みが「学校協同組合」です。フレネ学校では、毎週末に「学校協同組合」の時間を設け、先週の報告や予算の検討、壁新聞の発表などが行われます。この中でも、「壁新聞」の発表が1週間の学校共同体生活を深く検討する機会になります。「壁新聞」には、学校生活に関する称賛や批判、要求、提案が書かれ、子どもたちは自由に書き込めます。これらの内容を共有し、批判的でありながらも建設的な議論を行うことで、道徳性を育みます。
フレネ技術では、教師が一方的に学校を運営するのではなく、子どもたちが必要に基づいて学校活動を組織します。これにより、子どもたちは学校を自分たちのものとして感じ、学びや生活に積極的に関わり、責任感を育むことができます。
フレネ教育研究会 事務局
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東京家政大学 児童教育学科 初等教育第7研究室 結城孝雄
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